アッパーストラクチャー系アウトフレーズの分析 ~There will never be another you~
※この記事はジャズでよく使われるコードやスケール、アッパーストラクチャートライアド等の専門的な音楽知識があることを前提に記事を書いています。わからない用語等はすみませんが各自調べていただくか、読み飛ばしちゃってください。勿論用語や記事に関する質問や何か意見などあれば、書いて下さればお応えしたいので、気軽にコメントしていただければと思います。
今回はジャズスタンダード曲としても有名な「There will never be another you」を取り上げてみたいと思います。 音源はWoody Shawのアルバム「Solid」から。
その中でピアニストのKenny Barronが演奏しているアドリブパートのフレーズ分析をしていこうと思います。
Kenny Barronのパートについては採譜されている方がいらっしゃったのでぜひこちらの動画を見ていただけるとわかりやすいと思います。
よくよくこのトランスクリプション楽譜を聞きながら見てみると「あれ、ちょっとここ違くね?抜けてね?」って思う箇所はいくつかあるのですが、それでも十分によく採譜されているので基本的には問題ありません。
アウトフレーズとスケールアウト
あるコードのスケールから外れる事をスケールアウトといい、それを用いたフレーズをアウトフレーズと言ったりします。 このテクニックを使うと聞き手に「え!?」と思わせられるような意外性を演出できます。 Kenny Barronの演奏でもそのテクニックが使われているので紹介します。
採譜動画の 0:46 ~ 0:50 辺りのフレーズに注目します。フレーズは以下のようになっています。
このフレーズですが、少し加筆してみましょう。
39小節目(Bbm7の小節)の1拍目弱拍に「ミ」の音が抜けてるように聞こえたので、音を付け加えました。1から譜面書き直すのめんどくさくて楽譜作成ソフトで作った音符をそのまま画像キャプチャして貼り付けたら雑コラみたいになっちゃったけど。
四角で囲った部分はその箇所をアルペジオとして考えた時のコードです。 アッパーストラクチャーコードとして考えると次のように表記できます。
→ → →
このコード、試しに右手と左手が近い所で同時に鳴らしてみてください。
くっそ濁った不協和音になります。
これはどういうことかというと、上下2つのコードが異なる音階由来の和音であるために、それぞれの和音が共有する事の出来る音が少ないということです。
メジャーやマイナーなどの種類が決まったものをそのまま半音上か下にずらして同時に弾いてみると思いっきり音がぶつかりますが、それは鳴らした2つのコードが属する調がかなり遠隔にある調のものである故にスケールで共有している音が極端に少ないため、このようなことが起こります。
しかしアウトフレーズではむしろこういうどう考えても不協和音になりそうな和音の組み合わせが良い味を出してくれます。 なぜならこれを行うと元のコードの色彩感が弱まり、調性感が曖昧になるからです。
アウトフレーズの本質は聞き手に驚きを与えること。 コードやスケールに従ったアドリブを聞かせるのは勿論だけど、それだけだと退屈してしまう。その中にスパイスとして奇妙な音を加えてあげることで「え、なにこれ!?」みたいな感覚を伝えられる。入れ過ぎは良くないけど。
そのためにあえてコード感、調性感をぼかすことでこれを演出できるというわけです。そのためのテクニックがこういったアウトフレーズ。
具体的な音で確認してみましょう。
Bm7の音はCm7(エオリアンスケール)から考えると、レの音はCm7の9thに相当するが、それ以外は#11, 13, M7の音なのでCエオリアンスケールから見たらスケール外
Amの音はBbm7(ドリアンスケール)から考えると、ドの音はBbm7の9thに相当するが、それ以外は#11, M7の音なのでBbドリアンスケールからみたらスケール外
Em7の音はBbm7(ドリアンスケール)から考えると、ソの音はBbm7の13thに相当するが、それ以外は#11, b9, M3の音なのでBbドリアンスケールからみたらスケール外
Bm7の音はEb7から考えると、シとファ#の音はEb7のb13と#9に相当するのでオルタードスケールなどで解釈できるが、レとラはM7, 11なのでオルタードスケールならスケール外だし、仮にミクソリディアンスケールと解釈しても11はアボイドノートだし普通は経過音、隣接音など非和声音として使う事が基本だから実質的にスケール外とみなせる
特に → → の分子のコードに着目すると、最初は分母のコードの半音下のマイナーコード(Am)から完全5度上(または完全4度下)の進行でマイナーコードを平行移動させている。完全4度・5度差のコードの平行移動はそのコードが所属する調性の調号をあまり変えずに動かすことができる。最初に半音ずらしで分母・分子のコードが共通する音の少ない遠隔調に属する和音の組み合わせにして、5度(4度)進行で遠隔調としての距離を保ったままコードを動かすことができるこの方法は、アッパーストラクチャーを用いたアウトフレーズを作る上では非常に参考になるテクニックではないかと思っています。
アドリブにおけるスケールアウト系のフレーズは一見不規則なフレーズに聞こえるようで一定の規則性があることが多いです。例えば同じ音型を繰り返し用いるというのがその典型例ですが、このアウトフレーズについても同じことが言えるでしょう。
こんな風に演奏者のアウトフレーズを見つけてアナライズしていくのは中々面白いものだなと思います。
次回はアウトフレーズではないアッパーストラクチャー系のフレーズについて解説していく予定です。紹介する順番が逆な気がするけど。
曲は引き続きThere will never be another youでKenny Barronのアドリブパートを見ていきます。