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複調(多調)~同時に複数のキーが存在する音楽の話~

つい最近ちょっと文章を書くモチベーションが久しぶりに湧いたので、自分が結構前から好きなある近現代クラシック曲を自分なりに分析した解説記事を(途中まで)書いていました。

youtu.be

当該の曲はこのオーンスタインという作曲家の「A La Chinoise」という曲なのですが、自分の解説記事をある程度理解してもらうためには前提知識が必要だなあと思って色々書いていたら大分長くなってしまったので、曲の解説は次回に回して前提知識の部分だけで1記事書くことにしました。

というわけで今回はこの曲を理解する上で必須の知識となる(?)複調(多調)というものについて解説していこうと思います。

複調(多調)

同時に複数の調(キー)が存在する複調(多調)について以下解説していきます。

単一の調(キー)について

調性の概念について知っている方は、程度の差はあれど少なくないと思います。

例えばC Major(ハ長調C dur)Eb Minor(変ホ短調、Es moll)などと言われれば、ある程度音楽をやっている方なら知っているもしくは聞いたことはあると感じるのではないでしょうか。楽器をやってない方でも、カラオケ行く人なら自分の出せる声の高さに合わせてキー変えたりとかしますよね。これが音楽における調(キー)です。ここでは調性についてそれ以上踏み込むつもりはないので、何言ってんだかよく分かんねえ、もっと詳しく教えろって人はググったりして色々調べてみてください。

普段よく聞いたりする音楽のほとんどは調が存在し、基本的にはある時間軸において1つの調が流れることになります。

じゃあ移調や転調が入っている曲とかはどうなんだって思う方もいらっしゃるかもしれませんが、どの時間軸から見た場合でも基本的には単一の調で構成されています。

たとえばこのキラキラ星は部分転調している部分が沢山ありますが、ある1時点で見た場合はあくまで単一の調の構成音となっています。

(この記事の為に3分位かけて作ったし演奏動画にした方が良かったのかなと思いつつ音源のみ)

これは皆さんがよく聞く音楽では至極当たり前の事なのですが、これに相当しない音楽も存在します。それが次に説明する複調(多調)です。

複調(多調)とは

複調(多調)は複数の調が同時に存在するものを指します。 Wikipedia先生(多調 - Wikipedia)の記述を引用すると

多調(たちょう)は、同じ楽曲の同じ時間に異なった調が同時に演奏された状態。またそのことを意図した作曲法。ポリトーナル(polytonal)とも呼ばれる(これは形容詞形)。旋法を用いる場合はポリモード(polymode)と呼ばれる。 この技法によってポリフォニー的音楽が更に立体的になったり、半音などで同時に同じ旋律などを奏することによって鋭さと共に「暈し」の手法を入れることができる利点がある。

この説明だけ見てもあまりしっくりこないと思うので、具体例としてキラキラ星を例に見ていきましょう。

複調(多調)の例

1. 主旋律・伴奏共にC Majorの時

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調はC Majorのシンプルなコード進行の譜面です。単一の調なので特に変わった所はありません。

2. 主旋律がC Major、伴奏がF Majorの時

次に右手はそのままに、左手の伴奏をそのまま完全4度上に移調させたF Majorのコード進行にしてみます。

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右手はC Major、左手はF Majorという複調の音楽になりました。特に左手がC7になっている所など、さっきより曲に違和感を感じ方が多いのではないでしょうか。

3. 主旋律がC Major、伴奏がB Majorの時

最後に左手のC Majorの伴奏だけを半音下にそのままずらして移調させます。そうすると伴奏はB Majorのコード進行になります。

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上2つのものと比べると明らかにどぎつい不協和音が鳴っている曲に聞こえたかと思います。

2つ目の例はC MajorF Major、3つ目の例はC MajorB Majorの調が共存した状態と言えます。このように同じ時間軸で複数の調が展開されるものを複調(多調)と呼んでいます。

複調と5度圏

古くから現在まで広く普及している平均律音楽において、5度圏12個存在する調の関係をフラット(♭)とシャープ(♯)の数で図式的に表したものです。

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Wikipediahttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%BA%A6%E5%9C%8F)より引用

複調の場合、5度圏にある調が同時に複数鳴るわけですが、多くの場合3つ以上の調が同時に鳴ることはありません。したがって、ここでは2つの調が同時に鳴る場合のみを想定します
先ほどのキラキラ星を例に見ていきましょう。

1. 主旋律・伴奏共にCメジャーの時

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特に複雑な和音も使っておらず、シンプルな構成なので特に言う事はありません。

2. 主旋律がCメジャー、伴奏がFメジャーの時

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5度圏で見た場合、それらは隣同士の関係にあり、♭の数が1つだけ違います。 それぞれのダイアトニックスケールを比較すると、BとBbの音以外の6音は同じ音を共有しています。G7とC7が鳴る位置ではBとBbの音がぶつかりC7におけるアボイドノートであるFの音も同時になってしまっていますが、それ以外のコードは左手伴奏のテンションノートしては問題なく使える音に相当します。
多少響きに違和感はあれど全体として見れば許容範囲ともいえるでしょう。

3. 主旋律がCメジャー、伴奏がBメジャーの時

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5度圏で見た場合、それらは対角線にある調の1つ隣りの位置関係となっています。Cメジャーから見た場合、対角線上にある調はF#(Gb)で、その隣にあるのがBメジャーです。
それぞれのダイアトニックスケールを比較すると、BとEの音は共有しているものの他の5音はすべて各ダイアトニックスケールから外れています
基本的にあるスケールから外れた音を同時に鳴らすと和音が不協和になりやすい傾向がありますが、この譜面では全てのコードでスケール外の和音を鳴らしています。
例えば左手がB、右手がCのコードを見ると、Bにおけるド、ソの音はスケール外の音ですし、ミの音はBメジャーコードのアボイドノートとなっています。こんな和音同時に鳴らして不協和音作らない方がむしろ難しいです(笑)

複調と5度圏の関係性

複調において、2つのスケールで共有している音が多いほど不協和になりにくく少ないほど不協和になりやすい傾向があります。つまりフラットやシャープの数の差が小さいものほど気持ち悪いハーモニーになりやすいとも言えます。
5度圏で見た場合、位置が近い調(近親調)が前者遠い調(遠隔調)が後者に相当します。したがって、隣り合う調で複調の曲を作ると和声がなじみやすく、対角線上にある調やその隣にある調で作るとぶつかりやすい和声になる事がわかります。

近現代クラシック音楽における複調(多調)の使用法

一般的によく聞かれる音楽と比べると前衛的な作風の多い近現代クラシックの楽曲において複調が用いられる場合、共有している音の少ない遠隔調のスケールで作曲されることが多いです。5度圏で言えば対角線上にある調、もしくはその隣にある調が選ばれやすい傾向にあります。

複調の音楽を作る際、調号にあまり差のない調で複調のテクニックを使っても比較的自然な雰囲気になってしまうのと、テンションノートを考慮するとそもそもコードの構成音的に複調として認知されなかったりします。アバンギャルドで独創的な作曲を目指すなら、より不協和でとらえどころのない和音の方がむしろ作風的に向いていたりします。今までにない革新的な音楽を作る上で、遠隔調の複調は20世紀のクラシック音楽家達には大きな武器の1つとなったのではないでしょうか。

複調が使われている作品で有名どころとしてはストラヴィンスキー春の祭典ペトルーシュカラヴェルの水の戯れ、スカルボあたりでしょうか。「調」という言葉を使うと音階・旋法というより広い概念を含有できないので、厳密に複調と言っていいかわからない所もありますが。

おわりに

今回は同時に複数の調が存在する複調について解説しました。次回は自分が解説しようと思っていたオーンスタインのA La Chinoseについて深堀りしていこうと思います。
この曲は複調のテクニックがふんだんに使われているので、ぜひ今回の記事の内容を少しでも理解した状態で読んでいただけたら嬉しいです!

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