複調とペンタトニックを用いた近現代クラシック曲の分析 (Part 1) ~ A La Chinoise (作曲:Ornstein) を題材に~
前回は複調(多調)について解説記事を書きました。
今回はその知識を踏まえたうえで近現代クラシック曲の1つであるレオ・オーンスタイン(Leo Ornstein)の 「A La Chinoise」という曲について解説していきます。
「A La Chinoise」について
A La Chinoise というのは(多分)フランス語で「中国風」という意味のタイトルです。(意味よく知らなくてGoogle 翻訳で調べた)
この曲について何か書いている記事とかあるかなとちょっとだけ探してはみたものの、あまり有名な曲では無さそうなのでめぼしいものは見当たりませんでした。作曲者の意図とか曲の背景とかそんなものは全く分かりませんが、特に気にせず自分なりの解釈・分析をひたすら書き連ねていきます。
「A La Chinoise」の音楽理論的コンセプト
この曲の作曲におけるコンセプトは
ペンタトニック(5音音階 )
複調(多調)
と考えています。
ペンタトニック(5音音階)
この曲の主旋律(メロディ)は主にペンタトニックで構成されており、様々な調や音階由来の5音を用いて展開していきます。恐らく曲名の「A La Chinoise(中国風)」を表現する手法として、このペンタトニックを多用しているのだと推察できます。
複調(多調)
曲の主旋律に対して、伴奏にはそれと全く違う調や音階からなるアルペジオやスケール上下行を多く用いています。メロディと伴奏で使っているスケールに共通する音が殆ど無い遠隔調由来の和音によって、複調特有の掴み所の難しい近現代的なサウンドを演出しているように感じ取ることができます。
またこの記事で言及する複調(多調)は従来の長調、短調由来の和音に限らず、全音音階や神秘和音など様々なコードやスケール、旋法を含めた幅広い意味で用いることとします。つまり前回の記事で引用した多旋(ポリモード)などに関しても同じ言葉を使います。
もう少し簡単に言えば、旋律と伴奏で全く異なる独立したハーモニーが同時に奏でられている状態を、この記事では便宜上「複調(多調)」と呼ぶことにします。
楽曲分析
ここから本題のアナリーゼを行っていきます。各パート毎に再生時間を記載しているので、気になった箇所はYoutubeの動画を確認してみてください。
0:35~
ペンタトニックによる主旋律
大譜表上段のメロディはCmのペンタトニックから主に構成されており、それに続いて黒鍵のペンタトニックが装飾的に演奏されます。
神秘和音的スケールによる伴奏
大譜表下段の伴奏は譜例を見ただけだと何の和音なのかわかりづらいので、連桁1グループをベースから積み上げた形にしてみましょう。
これでもちょっと何の和音か判別しかねますね。今度はこれを並び替えてGから始まるスケールの形で記述してみます。
これ、実はある近現代クラシック作曲家がよく使う和音のスケールにそっくりなんです。
これを4度音程を軸に和音として堆積してみます。
最高音のCの音を抜くと、この和音はGが根音の神秘和音に一致します。
Gが根音の神秘和音はこのような4度堆積からなる和音です。
神秘和音はスクリャービンという作曲家がよく用いた和音で、これによって調性音楽を逸脱した独特の雰囲気のある曲が作られています。
とはいえ構成音はG7(9, #11, 13)と同じなので、Gリディアン7th上のドミナントコードと思えば割と覚えやすいでしょうか(神秘和音の使い方を考えるとドミナントモーションの機能は基本的に持ちませんが)。
つまりこの伴奏で使われている音型は、ベースをFとしたG7の神秘和音の響きに近いスケールの上下行と解釈することができます。
これをG7の神秘和音(らしいコード)と解釈した理由としては神秘和音特有の1・3・#11・7度の響きが入っている等いくつか挙げられるのですが、おそらく神秘和音がどういうものか、どういう風に使うのかという事を認知している方はほとんどいらっしゃらないと思うので、その内神秘和音についても解説記事を書きたいと考えています。
何言ってるかよく分かんねえって人は左手で G7(#11) / F を弾いて Cmペンタトニックのメロディを弾いてみると、ハーモニーがそれっぽく聞こえるのが実感できるかなあと思います。
主旋律と伴奏の複調的な和声の独立
神秘和音スケールをもう一度確認してみましょう。
また、Cmペンタトニックと黒鍵のみのペンタトニック(ここではGbペンタトニックとします)についても見ていきます。
見比べると、CmペンタトニックもGbペンタトニックも神秘和音スケールと共有している音が少ないことがわかるかと思います。
スケール間で共有される音が少ないほどそれらの親和性が低くなり、それぞれのパート(主旋律と伴奏)で独立したハーモニーが同時に鳴ることになります。
これによって遠隔調由来の2つの調が存在するかのような複調感が演出できるという訳です。
1:07~
大譜表下段の伴奏は先ほどの伴奏と全く同じものです。
メロディには全音音階由来のペンタトニックを用い、それに続いてBbmペンタトニックのクラスター的な和音を装飾的に使っています。 先ほどの神秘和音スケールをもう一度確認します。
メロディ側で使われているペンタトニックスケールと見比べてみましょう。
どちらのスケールもG7神秘和音スケールと1音しか共有している音がありません。
1半音ずらした位置から始めた全音音階にした場合、G7のコードと相性が良く普通のドミナントモーションの機能をもつ属7の和音に合うスケールとしても使えます。しかしここではあえてその逆を突くことで、G7神秘和音と全音音階で別々の響きを提示していると捉える事ができます。
これら2つのペンタトニックも、この伴奏において複調感を出すのにはうってつけの音階と言えるでしょう。
1:50~
大譜表下段の伴奏はEmのペンタトニック、大譜表上段のメロディはBbmのペンタトニックから構成されています。 それぞれスケールを確認すると
となっており、両者1つも共有している音はありません。
E Minor と Bb Minor は5度圏から見た場合、対角線上にある最も離れた遠隔調の関係にあります。
(前回の記事参照:
複調(多調)~同時に複数のキーが存在する音楽の話~ - ぜろいちのブログ)
このような最遠隔調の関係は独立したハーモニーを同時に鳴らす上では利用しやすく、文字通りの複調をこの部分では実現しています。
まとめと次回予告
今回はオーンスタインの「A La Chinoise」を題材に、ペンタトニックと複調の観点に着目して楽曲分析を行っていきました。まだまだこの楽曲については解説したい技法が詰まっているので、次回もこの曲の楽曲分析解説記事を書いていこうと思います!